イチロー、そしてル・マン24時間

僕は7年間ヘルニアを患いながらレースをしていたけれど、フォーミュラは自分の走りができなくなった48歳でやめた。そして52歳で引退した。やめる前はいつもどこかで自分を許したいという気持ちがあった。イチローにはもっと長く野球をやってほしい気持ちがある。ヤンキースからマーリンズに移ってスタメン出場も減ったけれど、彼はそれを何くそと思ってパワーにして、そして独自のトレーニングを積んで備えて来た。今年は調子も良くヒットも多く打てるしまだまだ走れる。だけどもう彼も42歳。彼なりの美学というものもあるだろうから、いつか決断をするだろう。

僕もGTで本山と組んだ年(2001〜2002年)、セカンドドライバーをやったわけだけど、エースドライバーが決めたセッティングに合わせて乗るのは初めてだった。そこで初めて気がついたんだ。オレはエースじゃないと力は出せないんだってね。だから2003年の途中でもう腰が痛くなったこともあったけど、自分を許してあげたんだ。昔、巨人で4番サードを張っていた原が現役の晩年にベンチスタートとなって、初めてレギュラーじゃない選手の気持ちが分かったって言ったけれど、僕もセカンドドライバーになって初めて、セカンドであることは難しいと気づいた。僕にはハンドルをさばくことしかできない。イチローもバットをさばくことしかできない。家のことは全部奥さんがやってくれる。僕だってそうだ。

話は変わって、6月のル・マン24時間の結末には本当に驚いたし言葉もなかった。テレビ中継を見ていて、日本のクルマで日本人ドライバーがとうとうやったなと思っていた。本当の力と速さを世界に見せて、こっちも身震いがしたほどだよ。ところがあと2周で、映画のプロデューサーや監督だってこんな演出できないでしょって思った。こういうことがあるのかと、言葉も出なかったね。ドライバーの中嶋(一貴)は歩けないぐらいがっかりしたことだろう。

僕も他のレースで残り2周というところでタイヤがバーストして優勝を逃した経験があるけどあれは本当につらいよ。しかも24時間レースは決勝の前から40数時間ぐらいずっと気が張っているわけで、あの悔しさは口にできないだろうね。こないだのGTの富士もウチも残り3周ぐらいでタイヤバーストして似たような状況だった。その日はカーッとなったけれど、次の日はケロッとしてた。ブリヂストンの開発の人たちが謝りに来たけど、そんなことも起きるのがレース。こっちだってミスってスピンしちゃったら同じような結果になったんだもの。謝らないでよと言ったけどさ。

中嶋にとってはいい意味で大きな肥やしになったレースじゃないの? 本人はまたひとつステップアップしたと思うし、過去を振り返らず気持ちを切り替えてまた来年絶対に勝つという気持ちで臨めばきっとそれはかなうはず。彼はブキ(不器用)な僕よりもずっと器用だろうしうまいはず。怖いという気持ちは残るものだけれど、それに立ち向かわなければその壁は決して乗り越えることはできないよ。

そして富士のレースの後のテストはSUGOにしても富士にしてもとても感じがいい。もちろん各チーム、ウェイトもどれだけ積んでるかなんて分からないけどね。ウチだっていろいろな想定をして走っているけれど、いくつかのセッションでトップタイムをマークしている。これは富士のアクシデントを乗り越えてきちんと準備をしてくれたスタッフに感謝だよ。今年は開幕からどうも不運なことが続いているけれど、長いシーズンには必ず恵まれる時が来ると信じている。

そりゃ面白くないことだってたくさんある。時には不機嫌になることだってある。でも僕はずっとブレーキの利かないレースバカでいいんじゃないかと思っている。だから一緒になって喜べる日がきっと来ると思って、一生懸命突っ走るよ。見ていて欲しい!

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